国策大河ドラマ 『青天を衝け』の大嘘を突け
放映中の大河『青天を衝け』の視聴率が好調だとか。しかし、内容は稀代のトンデモ。新紙幣の顔になるわりに微妙な認知度の渋沢を、国民の英雄にまつり上げるために美化の連続!
文/編集部 (実話BUNKAタブー2021年8月号掲載)
権力に媚びへつらう人間性
今年2月から放送が開始された大河ドラマ『青天を衝け』が、明治時代に多くの企業を興し「日本資本主義の父」と言われた渋沢栄一を主人公にしたためか、過去の日本を過剰に美化する大河ドラマ史上きってのトンデモ国策ドラマになっている。
元々大河ドラマは、小沢一郎が力があった時代に岩手県が舞台の『炎立つ』、第2次安倍政権時代に山口県が舞台の『花燃ゆ』が制作されたように、これまでも時の権力者によって題材が左右されてきた。
渋沢栄一の係累には、安倍晋三や麻生太郎はもちろん、安倍べったりでNHKの経営委員や日本会議の代表委員を務める長谷川三千子など、政財界の錚々たるお歴々がズラリと並んでいる。
言うまでもなく今回は、新しい1万円札の顔となる渋沢栄一を主役にすることありきの強引な企画。でなければ、これほどつまらなくなるわけがない。
このドラマの一番の問題は、渋沢栄一の実人生にドラマになるようなパッとしたエピソードがないということ。
栄一は、幕末の人材不足のドサクサに紛れ一橋家の職を得て武士になり、企業家として成功していくが、元々の出自は埼玉県深谷市の金持ち農家のボンボン。
そのためドラマの序盤は、歴史的な事件に栄一本人が関わってくる場面はゼロ。1クール終わる直前まで、栄一は田んぼのまわりで「オレは東京に出てデカいことやるぞー!」と絶叫しつづける。早く行けっつーの! 大河史上類を見ない地味さをカバーするため取ってつけたように「桜田門外の変」、「禁門の変」などの歴史的な事件が上っ面だけ描かれる。が、肝心の栄一は事件の噂話を片田舎で聞きつけて「日本が異国に狙われて危ない」と勝手に興奮し、「国のために自分は何ができるのか」と騒いでいるだけ。ネットニュースを見て、中国や韓国にいきり立ち、国士気取りで騒いでいるアホなネトウヨかよ!
奇しくも渋沢の本質を描いたのが、第1回のファーストシーン。
草彅剛演じる徳川慶喜が馬で走り去り、必死で名乗りながら、その姿を徒歩で追いかける渋沢栄一と、栄一の従兄の渋沢喜作。なんのことかと見てると、渋沢義兄弟はダイナミック土下座を繰り出し「この渋沢をお取り立てください!」と絶叫しながら懇願。その結果、一橋家に武士として取り立てられ、「渋沢栄一と徳川慶喜の出会いによって日本が近代に向けて動き出す」とナレーションが入る。
これで何を思えと! 貧乏人が恥も外聞も捨て土下座し、独裁者・徳川の一族に就活してるだけ。しかも、それで雇っちゃう徳川。実力を図らず、ケツ舐め精神があるから採用ってことですか。
渋沢栄一のテロ計画も美化
先の描写はある意味、権力に近づくためには手段を選ばないという、渋沢栄一の行動原理を象徴しているといえる。
ドラマ序盤でもその日和見を遺憾なく発揮。当初はいっぱしの志士を気取って「外人はぶっ殺せ!」と百田尚樹級の攘夷論者だった渋沢。しかも渋沢、田辺誠一演じる従兄の尾高惇忠らとともに、攘夷遂行と封建制打倒のために、高崎城の乗っ取りや、横浜の異人の居留地の焼き払いを計画し、江戸に出て武具まで買い集める。ガチガチのテロリスト!
だが、緊迫した京の情勢を知る従兄の尾高長七郎(満島真之介)に説得されると、打って変わってビビって攘夷思想を捨てる。そんな折、一橋家家臣の平岡円四郎(堤真一)と知り合うや否や、コネを活かそうと擦り寄っていく。さすが未来の起業家、損得の嗅覚は鋭いってか。
士官後に、かつてのネトウヨ同志と再会し、一橋家への士官を激怒される場面もあるが、渋沢は「ビッグになる!」ことしか頭にないからノーダメージ。この思考回路、今でいえば人脈を求めて、知名度のある有名人にホイホイとなびき、News Picks周辺や自己啓発セミナーなどにカモにされるヤツに近い。ちなみに、維新後に栄一は、箱館戦争などに参戦し新政府と戦った尾高惇忠や渋沢喜作といったネトウヨ連中を、身びいきから渋沢の企業の要職に迎える。テロリストが社長で、テロリストが従業員!
さらにこのドラマでは、異常なまでの女好きと言われた栄一のドスケベで醜悪な部分について、一切描かれていない。それどころか、吉沢亮のイケメン面で視聴率を稼ぐために、少女漫画の主人公かのように美化。
栄一の妻となる橋本愛演じる幼なじみだった千代との関係は、典型的な純情幼馴染ラブコメ。栄一への秘めていた想いをウッカリと口にするも、天然な栄一は気がつかない…。ラノベの難聴系主人公か!
ちなみにドラマのタイトル『青天を衝け』も千代がらみ。ポエムに目覚めた中二病丸出しの栄一が、旅の途中に見た大自然に感動(笑)して詠んだ「私は青天を衝く勢いで肘まくりをし、白雲を突き抜けるほどの勢いで進む」という詩に由来している。劇中では、この詩を詠んで何かに吹っ切れたのか、「お前が欲しい」と告白し結ばれている。新海誠じゃないんだからさ…。
そしてすぐさま結婚するものの、すぐに結婚生活にも飽き飽きしたのか、子供が生まれてまもない時期に「オレ、京都に行ってビッグになるわ〜」と妻子を残して再び旅へ。サイコパスすぎないか!?
第17回で一橋家への士官後に千代に久々に再会する場面でも、栄一は「京都で悪所通いすることはなかった」と遊郭に行かなかったことを明言。だが、これ栄一の嘘。史実では、京都で新選組の隊士の愛人に手を出して、のちのちその事実が隊士に発覚し、隊士数名に怒鳴り込まれるという事件を起こすほどの放蕩三昧だったと言われている。というか、それ描いてくれたほうが面白かっただろ。
セックス三昧で、仕事も成り上がる弘兼憲史的ストーリーにすれば、視聴率ももう少しあがるんじゃない?
元祖ネトウヨたち総登場
『青天を衝け』の裏主人公として描かれるているのが顔が若干似てるだけで草彅剛をキャスティングしたんであろう一橋(徳川)慶喜。
ドラマでは側近の平岡円四郎や、竹中直人演じる父親の徳川斉昭などの周囲が「家康公の再来」などと一方的にもてはやしているが、慶喜も栄一同様特に主体的に行動を起こさずドラマ的に魅力がない。史実にしても、結局はこの時代の徳川家に丈夫な男子がいなかったから、水戸の田舎から名門・一橋家に養子にもらわれただけ。栄一同様、彼も血という最強のコネで権威に胡座をかいている人物。
第6回で京の公家から川栄李奈演じる正妻の美賀君を迎えた際には慶喜は小姓になった平岡に「嫁など誰でもよい」と女性蔑視丸出し。その上、美村里江演じる義祖母の得信院との仲の良さを美賀君に嫉妬され、かんしゃくを起こされるなど、どうみても徳のある人物ではない。
さらに安政の大獄が始まり、大老の井伊直弼に隠居を命じられると、一橋家の屋敷に昼も雨戸を閉じて終日、籠りっぱなしになる。甲府に左遷された平岡が会いに来ても、襖越しに会話をするだけで、髭も剃らずに引きこもり、覇気はまったく感じられない。草彅が演じてるから、ニートの子供部屋おじさんにしか見えません。
慶喜だけでなく、竹中直人演じる徳川斉昭も、尊王攘夷を訴え、「烈公」と称された幕末きっての名藩主のはずなのだが、ただデカい声で目をギョロギョロさせながら、大げさに一喜一憂し、名君としての貫禄は一切ない。
『青天を衝け』には、ナショナリズムや天皇制を礼賛する国策ドラマとしての要素が、ウンザリするほど散りばめられている。
栄一たちが心酔していた水戸学は、尊王攘夷のテロリストたちの思想基盤のひとつ。水戸藩第二代藩主の徳川光圀(水戸黄門のモデル)により始められた『大日本史』の編纂を通じて形成された学問で、慶喜の実父の斉昭が尊王攘夷の思想として発展させ、明治維新の思想的な原動力になっている。このことにより水戸学は維新後も第二次世界大戦で日本が敗戦するまで奨励され、教育勅語に「国体」や「斯道」など水戸学の中心的な用語が使用された。要するに天皇カルトの第一世代が栄一たちだ。
だが劇中では、攘夷を強硬に主張する斉昭が「天子様(天皇)のお力で国をまとめ、断固戦うのみ!」と激発したり、水戸学の影響を受けた武士たちが「外国を倒し、日本を守りたい」と過激な尊王攘夷思想をたびたび口にしている。このように、外国からの脅威を煽り、ナショナリズムを刺激したい現政権の思惑を反映した場面が頻繁にドラマには出てくるのだ。
現在の新型コロナウイルスの流行を思わせるような場面もある。第10回で、栄一が会った山崎銀之丞演じる江戸の儒学者・大橋訥庵は、江戸が大地震や当時流行していたコレラにより呪われたと力説。疫病が蔓延した理由として、神国・日本に外国人を招き入れた天罰だとまで語っている。安倍晋三が大好きな『月刊Hanada』あたりの主張と大差ない言説が披露されている。
また第2回では、開催が危ぶまれている東京オリンピックの開催プロパガンダにしか見えない不自然なエピソードを挿入。
繁忙期の6月、岡部藩の代官から人足仕事に労働力を提供するように言われた栄一たちの住む村は、恒例の祭りの中止を決定する。だが、納得しない栄一たちは、子どもたちだけで獅子舞を実行。仕事を終えた大人たちに披露し、その結果、大人たちが踊りの輪に加わり、酒盛りまでしはじめる。これ渋沢のドラマに必要なエピソード?
『青天を衝け』には、明治維新期に名を遺した歴史的な人物が登場している。とりたて深い関わりが描かれてないが、のちに渋沢は自伝でその歴々を片っ端からこき下ろしているから性格の悪さは一流。それらのいくつかを紹介すると、公家の三条実美に対しては、「決断力がない」とリーダーシップのなさを批判。自分だって「資本主義やりたいけど、仲間が集まらない」と愚痴って、リーダーシップないの丸出しだったくせに!
大蔵省で上司になる大久保利通は「策略の深い人」、「まったく底の読めない人」ともディスっている。が、これも栄一が自分の案を通してもらえなかったのを逆恨みしてるだけ。炎上ツイッタラーみたいな誹謗中傷を書き残してる渋沢のどこが“偉人”なのやら。
極め付けは栄一のキャリアを開いてくれた平岡円四郎に対する評価。
「頭がいいのを鼻にかけ、先回りばかりするから暗殺されても仕方がない」
大の恩人に対して、冷淡すぎんだろ! やっぱりただの銭ゲバサイコパスなんじゃない?
『青天を衝け』は回を経るごと、史実を知るごとに、本当にコイツを券面に載せていいのかと思わせる、渋沢新紙幣への壮大なネガティブキャンペーンになってるように思えてくる。いっそ見栄えだけはいいので、脂ぎった小太りジジイの渋沢本人ではなく、吉沢亮を紙幣に載っければ?